お待たせしました。前回の続きです。前回、前々回と暗い内容が続きましたが、これからは明るく前向きに進んで行く内容になってますのでご安心下さい。
そんなこんなで快進撃の店長一年目を経て、後は部下も辞めたり、中々安定した売上が取れない時代を4年間も過ごし、見も心もボロボロになっている時に、ある人から電話がきました。
私にとって2番目の店長で、将棋の得意な戦略家のあの人です。彼も会社から信頼されていたのですが、部下や場所などの環境に恵まれずにコテンパに詰められまくっていました。そして、その電話が来た1年前に、違うアパレルに転職していました。年配の方をターゲットにした、とても穏やかな会社に移ったのです。
先輩 「相変わらずやられているかい?」
私 「もう大変ですよ・・・。」
先輩 「ところでさ、うちの会社、人を探しているんだけど来ないかい? 給料はそんなに高くないけど、売れなきゃ買えとかそんなアホな風土はないよ。皆大人だからさ。」
私 「本当ですか!? 是非行きたいんですけど!!」
先輩 「君みたいなガッツのある奴を紹介したかったんだよ。1ヶ月後には入ってもらいたいからすぐ辞めるって言いにいきなよ。中々そこも厄介だったぜ。」
私 「分かりました。意地でも辞めてきます。」
次の日の閉店後に、係長に電話して「話があります。」と伝えましたが、また「今度にしてくれ。」と言われました。勘づかれて逃げられているなと思いましたが、しつこく毎日のように電話をしました。
その頃は、あまりにも退職者が多く、しかも新しい人が中々入って来ない時でもありました。インターネットの巨大掲示板に会社の実情を暴露されたり、その頃から始まった就活生用のブラック企業ランキングに上位にいきなり食い込むなど、魅力のない会社になっていった時期でもありました。
何日か電話した後、やっと根負けしたのかやっと会ってもらえることになりました。
私 「転職したいんです。」会社の会議室に着くや否やいきなり冒頭から私は話始めました。
係長 「やっぱりな。部下とかどうするんだよ。せっかく成長してきてるのに。」
私 「転職を応援してくれてます。もう次の会社決まってるので、来月からそこで働きます。」
係長 「いきなり過ぎるだろう!! 無責任にもほどがあるだろう!!」
私 「何言われても、もう決まったことなので、月末に保険証など持って行きます。」
係長 「まあ、仕方ないか、最後は大きな花火打ち上げてくれよ。顧客様たくさん呼べよ。」
私 「この間、秋の立ち上りでたくさん来てもらって、たくさん買ってもらってるんでもう難しいと思います。来てはくれると思うのですが。」
係長 「5年も店長やってきたんだから、まだまだ呼べるだろう。期待してるぞ。」
最後の最後まで売上の話かよって思いましたが、なんとか辞めれることになってホッとしました。
隣のブースでは、女の子が同じように辞めたいと相談してましたが、説得されて泣きながら帰らされてました。辞めたい理由が、ネイルの勉強したいとのことですが、曖昧な計画だと突っ込まれて論破されて帰らされるのがオチです。
何月何日には、ここで働く、ここに引っ越すなど、始めから言いきることが辞めるコツだと、教わっていたので私は大丈夫でした。
そして最終日になって、予想を反してたくさんの顧客様がいらして買って頂いたり、花束を持ってきてくれたりしました。最後は涙で終えることが出来ました。
このブランドは、接客も粘着質で、一回買っただけなのに電話での勧誘がしつこいと、巨大掲示板に書き込まれるなど、パワーマネージメントの弊害が特に都内のお店対象に起きてたのですが、我々のような地方中枢都市では、リピーターのお客様無しでは生きて行くのが不可能でしたので、お呼びするタイミングとかは考えて、お客様の負担にならないようなサイクルでお手紙中心の集客をしてきました。なので名指しで叩かれることも一度も無く、アットホームな雰囲気のあるお店を築けていました。
おかげで、顧客様は減ることは無く、全体で見ると会社に求められてる理不尽なノルマには達してはいないけど、顧客様パワーでイベント時にビックリするような売り上げを叩くことが出来ました。その経験と自信は今でも役に立っています。
そして閉店後に会社に向かい書類などを提出して、最後に課長を始め係長達に「最終日の売上凄いな!! 今までありがとうな。」と言われ会社を後にしました。
会社の隣に神社があったのですが、スキップしてお参りしたのを鮮明に覚えててます。「ありがとうございます!!」
こうして私の長かったブラック企業時代は終わります。ただ辛いことばかりかと言うと、そうでもないなと思います。色々な人間ドラマも生まれて、部下と喧嘩もしたり、支えてもらったり、上司には罵倒もされたり、励まされたりとたくさんの経験を積むことが出来たなと思います。
無事に先輩に誘われた会社に入ることになったのですが、とても穏やかな会社で上司も皆優しい人ばかりで、こんな会社もあるんだと戸惑うばかりでした。
前の会社の癖で、何か頼みごととかしてもらえた後すぐに「申し訳ございません」と謝ってしまうのですが、「そんなに恐縮しないで。」と言われてました。でも中々癖は取れずにリハビリしていってやっと普通になっていった感じです。
でもこんなに優しい会社でも、年数を重ねるうちに不満も出てきました。本当に人間って身勝手な者で、私はある時から、穏やかさとか平和を求めていたのにも関わらず、皆と一律で給料が上がらないシステムに「自分はこんなに結果を出しているのに!!」と喚き始めたのです。
結婚もして、家族も増えたという現状に焦りも出てきてた時です。そしてその頃に引き寄せの法則の存在を知る訳です。
もう一度現状に感謝し直そう!そう思えた時に事態はどんどん好転していきました。
そして、たまたま接客した方がスカウトの人で、今の会社に移れた訳です。厳しさもありますが、理不尽なことは全くなく、成果がちゃんと自分の給料に直結するという、今の私に丁度いい会社に入れた訳です。
前の前の会社の数字のプレッシャーに5年も耐えてきたおかげで、少しの躓きでは動じない強靭な心を持った状態で挑めているのです。
まるで、ドラゴンボールで言うと、重力10倍の界王星で修行してきた感じで、フットワークが軽いんです。
皆に、「どんな状況でも後半の粘りが凄くて追い上げるよね。」と言われた時に、「鍛えられ方が違うんで。」と言えちゃう訳です。
もちろん、ブラック企業なんかに始めから入らずに済めばいい話だと思いますが、その経験を無駄な時間だったと片付けてしまうのも勿体ないかなと思ってしまうんです。私の心の中で大切な宝物として大事にしていきたいと思います。悔しさもやるせなさも、そして粘って勝ち取った栄光の日々も。
ところで話は変わりますが、前の前の会社はどうなったかと言うと、自分が入社した時20年前は正にピークで、アパレル業界の中で売上高も3位、利益率は1位の絶好調企業でしたが、今は3分の1くらいの規模になってしまったみたいです。業界全体も厳しいのですが、やはりしつこい電話勧誘など、呉服屋さんばりのノルマが客離れを起こさせていたのだと思います。インターネットの巨大掲示板に、「あのグループの店には近づくな」と書き込まれてから、どんどん衰退していったと思います。
もちろんパワハラも問題視されて、ブラック企業ランキングにのるなど、スタッフの定着率も悪く、人が育たない風土が衰退化を加速させていきました。大型ショッピングモールに必ずあったファミリー型の店舗も、今じゃ珍しい存在になってしまいました。
正直今でも夢に見るんです。会社に引き戻される夢を見てしまうんです。「もうあんなアホなことは繰り返さないから大丈夫。」と強気な自分と内心びびっている自分が二人いて、起きた瞬間は汗だくになってます(笑) 「夢か・・・良かった・・・。」 でも最近はその夢をたくさん見すぎて、夢の途中で気付くんです。「今回もまた夢なんでしょ。」って(笑)
同じことを繰り返さないかどうかわからないですね。ただもっともっと外部との繋がりを多く取ろうと思います。運良く、私のお店は地方のお店だったので、本当は禁止されてましたが他ブランドと仲良くしていました。そこで「あなたの会社おかしいよ。」と言ってくれる人がたくさんいました。百貨店の社員ですら言ってくれました。そこが途絶えていたらもっともっと泥沼にはまっていたのだと思います。そこでのルールは社会的におかしくても、臨場感が凄すぎて従わざるを得ない立場でしたが、おかしいと思うことも麻痺していったと思います。
この前会社に最近までいたって人に偶然会って、当時の人達って残っているのかなと聞いてみたところ、だいたいの人は辞めていました。中でも私達を散々追い詰めた係長の辞め方が結構衝撃的でした。
彼は課長クラスまで上がれて、東北のエリアマネージャーにまでなったのですが、そのあとすぐに東日本大震災が起きました。
とてもショックでスタッフの安否確認をしている最中に、会社からこんな指示が来ました。「営業出来る店舗はどれだけあるか?」
「この期に及んでも尚、売上が欲しいのかよ。」 彼はこの事が原因で病んで退職してしまったみたいです。こんな話さすがに嘘だろと思いましたが、実際震災の次の日でもオープンさせてた路面店はあったみたいです。いらない服を配るとかそういう訳でもなく、普通の値段で洋服を売っていたところ、通りすがりの人に、「この大変な時に、こんなに明るく電気をつけて何してるんだ」とお叱りも受けた店もあったみたいです。
彼にも人間らしいところがあったんだと思いました。自ら1000万円近く借金して、それを部下にも強要するほど、どっぷり会社に陶酔しきっていたと思ってました。でも流石にこのことだけは許せなかったのでしょうか。
丁度、日本で初めてテロ事件を起こしたあの宗教団体の幹部のように、裁判を重ねていくうちに自らの過ち気付いてく感じと似たものだと思います。言い過ぎかもしれませんが、あの会社もそれだけ臨場感が凄かったのは確かです。
最後に、とても興味深い話があります。私が入社した時の副店長の話です。彼は女性を口説いては、すぐに飽きて捨ててしまうので、最低男とうしろゆびを指されてました。その終わらせ方は無責任極まりなく、私は「サイコパスだ」と突っ込んだこともありました。
勿論会社からの信用も無く、店長になれたのも私より遅く、しかも人が全く通っていない寂れたお店の店長を任されました。最初はもちろん意欲はありましたが、毎日0の数字を出して怒られまくっていました。彼の凄いところはどんなに怒られても買わないところでした。
でも怒られ過ぎて、精神がおかしくなる前に逃げようと計画してました。いわゆる突発退社です。
その前日に私のお店に電話がありました。
先輩 「色々世話になったな。明日から会社に来ない。そして会社に関わる人との連絡も一切断つ。繋がって良かったよ。じゃあな!」
私 「本気で言ってんですか? それはヤバくないですか!? 部下もかわいそうだし。」
先輩 「悪いとは思っているよ。でもな、これだけは最後にお前に言っておく!もっと自分を大切にしろよ!いい人ぶって自分を犠牲にしていったところで何も生まれないぜ。」
その電話を最後に彼と話すことも会うこともなくなりました。スノボーが得意でよく一緒に連れていってもらえたので寂しかったです。
その次の日、勿論会社はパニックになりました。「保険証が送られてきたけど、電話に出ない!! 確信犯か!最低な男だ。ろくな人間にならない。きっとどこに行っても長続きしない。」 散々上司達の悪口が飛び交いました。
そのろくな人間にならないと散々レッテルを貼られた彼は今では、某超有名百貨店の部長をしているみたいです。元々凄いお洒落な人で、カリスマバイヤーを経て部長まで昇りつめたみたいです。流石だなと思います。そしてその無責任で最低だった先輩からの最後の言葉が今でも身に染みるくらい心の中でリピートされてます。この言葉で今回のテーマは終わらせたいと思います。
「もっと自分を大切にしろよ!」
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